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著名人 体験談 兄弟ユニットAUN 井上公平さん・井上良平さん
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当院で手術をされた多くの方々が、自身の体験談を語ってくれています。 著名人体験談一覧
和太鼓、三味線、篠笛と、エレクトロニックを融合し、オリジナル・サウンドを追及し続ける。日本の伝統と今を表現する双子ユニットAUN

井上公平 井上良平
井上公平さん右眼0.08>1.5左眼0.08>1.5 井上良平さん右眼0.08>1.5左眼0.08>1.5

profile

1969年大阪出身。
5人兄弟の末の双子として誕生。高校卒業とともに鬼太鼓座に入座。このときから和太鼓、三味線、日本の伝統楽器に触れ、12年間座の中心的存在として、世界16ヵ国、国内外で1,000回を超える公演活動を行う。鬼太鼓座時代にはNYマラソンに4回参加。2時間43分の記録を持つ。3年間全米一周公演も成し遂げる。著書として、「鬼太鼓座 アメリカを走る」(96年)、「太鼓漂流記」(97年)、「太鼓のビートに魅せられて」(99年)、「DRAGON ROAD:写真集 中国大陸4,000kmの旅」(01年)などがある。

1969年大阪出身。
5人兄弟の末の双子として誕生。高校卒業とともに鬼太鼓座に入座。2000年に鬼太鼓座から独立、AUNとしての活動を開始。01年に1stアルバム「D.A.S.H.〜喜怒哀楽〜」をリリース。和楽器とデジタルを融合させた、AUNサウンドを構築させ、05年BMG JAPANより、2ndアルバム「E.A.S.T.」をリリース。オリジナル全曲の作曲を手がけている。



「LASIK」を受けようと思われた動機は?

▼公平
いつもはリハーサルの時はメガネをかけていて、本番になればコンタクトに変えていたんです。ステージで汗が目に入った時は、よくコンタクトが目の奥にずれてしまって大変でした。やっぱり目に違和感あったらライブに集中出来なくなるからね。

それと照明で目が乾いて結構ライブ中も目をパチパチさせていて、写真なんかも見ても目をつぶっている写真が多かったりするので。


神戸クリニックを選ばれた理由は?

▼良平
プロサーファーである小川直久さんの紹介を受けた事がきっかけです。


手術当日を迎えて

▼良平
当日はやけに早起きをしてしまいました。、少し緊張していたせいかもしれませんね。手術当日までに、日をおいて2回精密な目の検査をうけましたが眼鏡のレンズの度合わせなんか目じゃない程、精密に敏感な目の検査を丁寧に行いました。その技術、設備の豊富さに関心しましたね。

手術当日に最後の目の検査を終え、クリニック一番の腕をもつ先生の言葉を200パーセント信じてオペ室へ向かいました。オペ室の隣には見学室というガラス張りの部屋がり、家族などが手術を見守ることができます。こういうところも心強いサービスだと思いました。


手術を終えて

▼公平
ほんとに30年以上メガネ君だったのが、たったの10分でいらなくなるなんて、びっくり通り越して、マジびっくりですよ。自分の中の記憶には裸眼ではっきり見えるってのはなかったからね。それ以降、周りのステージ仲間にもお勧めしてますね。最初はみんな 「ほんと〜?」なんていっているけど「見えるもんは見えるねん」って言ってます。


▼良平
手術は迅速かつ大胆にそして慎重で10分から15分を予定していましたが、僕は手際よくスピーディーに進められていくマジックにこんな繊細な手術がこれだけで終わるのかと思った程です。簡単に言えば車の機械洗車をするときにシートに座りながら洗う光景を20倍速で見ているような感覚。痛みはまったくありませんでしたし、ただ赤い点を見つめているだけで今までの人生を考え、そして変わるにはあまりにも短い手術時間でした。




視力が回復した感想は?

▼公平
これからは良いライブが出来そうです。ミュージシャンの方は是非お勧めします。お客さんの顔もはっきり見えるし。でもかえって緊張したりして・・・
あとは趣味でサーフィンをやっているので、波待ちしている時なんかはビシバシ波が見えるから、今から良い波に乗ったらどうしようって焦っていますよ。(笑)新しい自分って感じで、今やってよかったって思っています。


▼良平
目をあけるとすぐに見えるのが不思議でしたね。ちょうど30年、僕のメガネ歴史がたったの10分足らずで終わってしまいました。体の一部であった眼鏡に心の中でさよならをいい、なぜかすこしさびしい複雑な気持ちになりました。朝、目が覚めカーテンを開くと朝日がまぶしく、目を細める両目にはクリアな視界が広がります。「見えている」と誰もが感じる当たり前のことに感動しました。これからはこの目を開ければ、そこに新しい光、新しい世界が待っているので毎日がとても楽しみです。


AUNについて

1969年大阪堺市にて5人兄弟の末の双子として生まれる。高校卒業と同時に世界的に活躍していた鬼太鼓座(おんで こざ)に入座。1990年から3年かけて2本の足で走り抜いた全米一周走破公演を成し遂げた。走行距離15,000km、その間ニューヨークマラソン4回出場、ボストンマラソン1回出場。12年間、座の中心的存在として世界各地16カ国、国内外で1,000回を超える公演活動を行う。


2000年新たな境地と独自の世界を求めて独立し、AUNを結成。2001年デビューと同時にアルバム「D.A.S.H.〜喜怒哀楽〜」をリリース。以降海外を含む大規模な公演活動の傍ら、さらに和楽器とエレクトロニックを融合した新たなオリジナル・サウンドを追求し続ける。2005年の活動として、T.M.スティーブンス、ヌーノ・ベッテンコートなど海外アーティストらとも積極的にコラボレーションを行い、待望の新作、「E.A.S.T」(Electric/ Acoustic/ Spiritualized/ Transmission)をBMG JAPANよりリリース。


太鼓の迫力、三味線の旋律や笛の音色、和楽器の魅力を最大限に導き出したインストゥルメンタルミュージック!! アルバム発売記念ライブを全国9カ所にて実施。ツアー最終日はニューヨーク、ワールドミュージック殿堂のSOB’Sにて実現。会場は熱狂的な観客で埋め尽くされ、AUN USA デビューライブは大成功した。


2006年の活動をニューヨークにも拡げ、ワシントンDC、ヒューストン、アラバマ、シンシナティー等全米各地のミュージックフェスティバルへも積極的に参加。11月ニューヨーク・ジャパンファーデーション主催、中南米(グアテマラ、コスタリカ、コロンビア)ツアーを実施。各地大盛況!!AUN初の中南米ツアーを成功させた。


公演活動の傍ら、「全米100スクールサーキット」和楽器を通じて、若いアメリカ人に「日本の伝統と今」を同時に体験してもらう文化交流プロジェクト。高校・大学にて、ライブ&ワークショップを実施する等、精力的に活動を続ける。12月はカリフォルニア、ウエストコーストカレッジツアーを成功させた。そして、日本が国を挙げて取り組んでいる「ビジット・ジャパン・キャンペーン」そのテーマソングをAUNがプロデュースし、作曲・演奏も行った。


AUN OFFICIAL WEB SITE:http://www.aun-creative.com

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